将監殿の町名由来

「将監」の地名については、「横沢将監(吉久)」の名に由来するものですが、「将監殿」については、この名を裏付ける古文書や資料が極めて少ない状態です。

伊達治家の記録によれば、さかのぼること400年前の慶長18年(1613年)に伊達政宗の命を受け、支倉常長がローマに渡るための船を建造することになり、当時の戦国武将で造船技術に優れた才能を持ち、後の徳川幕府で水軍の将となる「向井将監殿忠勝」が登場します。

忠勝の協力により、建造されたサン・ファン・バウティスタ号で、常長は無事ローマに渡ることができ、忠勝は政宗よりこの功を認められ、拝領した土地が、現在の将監殿ではないかと推測されます。

日本の各地に忠勝が何らかの形でかかわった土地の地名に,忠勝の肩書(官職名)である「将監」の名が残されております。





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